ゆい工房社長 幼少時代2

2008/01/02(水) 未分類
●「幼少時代の思い出」編 その2

当時 幼稚園児の私は盛岡市の中の橋通に住んでいたのでした。

もっぱら愛用していた交通手段は、母親から買ってもらった黄色い三輪車。
後ろのデッキ部分に片足をかけ、ケンケンしながら「ガラガラー ガラガラー」と快音を響かせ八幡通を疾走しておりました。

盛岡八幡宮の公園(当時、鉄棒やジャングルジムもあった)で遊んだ私は、ふとしたことで道をまちがえ、反対の方角である十六羅漢の周辺をぐるぐるまわっているうちに、道に迷ってしまいました。

まわりはひたひたと夕闇がせまってきます。

幼心の中で、このまま家に帰れなくなったらどうしよう?おだやかな母親の笑顔を思い浮かべながら、もう二度とこの笑顔も見られないかもしれないと思うと急に心細くなり、大声で泣いてしまいました。

すると、捨てる神ありゃ拾う神あり(?)。一人のやさしそうな小学生のお姉さんが家の中から出てきて、「どうして泣いているの?」と聞いてきました。「道に迷ったの。」しゃくり上げながら涙にくしゃくしゃになった顔で小さな声で答える私・・・。

そのお姉さんは家の前までしっかり送りとどけてくれました。私は家の明かりが見えるとお姉さんにろくなお礼も言わずに、まっしぐらに玄関の中に飛び込んでしまったのでした。

ありがとう・・・。絶望からの生還(おおげさか?)。何もなかったかのように家事をする母親。この時ほど我が家がありがたく、温かく感じたことはありません・・・。

月日が流れ、私を送りとどけてくれた当時小学生のお姉さんは今頃どうしているんでしょう?

もしお会いできるものなら改めて、心からのお礼をしたい気持ちでいっぱいです。

(*一部過去ブログからの転載です。)                             

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